■1
頭上に見える星々の輝きが、普段見慣れた夜空よりずっと綺麗だ。
星明りのお陰で真っ暗ではないものの、夜も更けてきたので山肌の木々は深い緑に覆われていた。
窓から見える景色を、俺はソファーに全身を預けながら眺めていた。
ここは、山奥にあるとある旅館。
なぜこんなところにいるかというと、学校のレクリエーションというヤツだった。
俺の通う白華学園は元女子校の……ってそれはどうでもいいか。
とにかく変わった学校で、レクリエーションは各クラスごとに、別々の場所へ行ってもいいという決まりがあり、
俺達のクラスは『露天風呂』ということでここに決まった。
実際、露天風呂は気持ちいいし、何より夜10時以降は混浴なのが魅力だ。
もしかしたら可愛い女の子が入ってくる可能性だってある。
…………分かってる。
現実はしょぼくれた爺さんくらいしか入ってこないってな。
辰也「空しい妄想はやめて、親父達に土産でも買ってやるか」
俺は財布を掴むと、売店へ向かった。

1階まで下りてくると、大きめの売店が見えた。
そこには俺と同じようにお土産を漁っている水無瀬と香苗が見えた。
水無瀬達はお風呂から上がったばかりなのか、2人とも浴衣を着て、少しだけ湿った感じの髪を下ろしていた。
2人とも旅館のシャンプーを使ったのか、爽やかなミントの香りが漂ってきた。
浴衣の隙間から見える、うっすらと桃色に染まった肌が色っぽく感じられる。

辰也「お前等も来てたのか」
さやか「あ、たっちゃん。たっちゃんもお土産の試食に来たの?」
辰也「試食は控えめにな。俺は親父達になんか買ってやろうと思って」
さやか「そうなんだ。じゃあ、これなんかオススメだよぅ、はい♪」
水無瀬はぱっと表情を輝かせると、俺にパウンドケーキの一切れを差し出してきた。
辰也「うむ、これは中々な味だな。ほんのりとした甘味に紅茶の風味がよく合う……」
水無瀬は『えへ〜』と笑う。
香苗「全く、辰也はガキだな。さやかに食べさせてもらって恥ずかしくないのか?」
香苗が苛立たしいと言わんばかりに、俺を睨みつけていた。
辰也「ん〜……別に恥ずかしくはないだろ。俺が世界征服した日には、こうやって食べさせてもらう日々が続くんだから」
さやか「うわー、うらやましいよぅ……たっちゃん、私もそういう風になりたい」
香苗「安心しろ。辰也が世界征服出来る日なんて一生来ないから」
辰也「ふん、俺が世界征服した証には、ヒゲ親父の格好でリンボーダンスを躍らせてやるから覚悟しとけよ」
香苗「上等だっ!」
香苗はお土産コーナーの奥の方へとズカズカと歩いていった。
相変わらず可愛くないヤツ。
辰也「なに怒ってるんだ、アイツ?」
さやか「さあ?」
俺達は香苗を見て、一緒に首を捻った。
辰也「ところで水無瀬は、お土産は何買うんだ?」
さやか「えっとねぇ、草カレー、温泉まんじゅう、旅館ケーキに、ラベンダークッキー。
地方限定のスティック菓子に、さっきの紅茶パウンドケーキ。ああ、あと……」
辰也「いや、もういい……」
指折り数える水無瀬を見て、全部食べ物だということが予想できた。
全く……少しは記念に残るもの買えよな。
俺は取り敢えず、さっき水無瀬に食べさせてもらった紅茶パウンドケーキの箱を一つ、手に取る。
辰也「水無瀬も一緒に回ろうぜ」
さやか「了解だよぅ」
水無瀬は笑顔で俺について来る。
ふらふらと見て回っていると、食べ物以外にもデフォルメされた人形や、建物の置物、湯呑、タオル、
Tシャツなど様々な種類のものが置いてあることに気付く。
 ……どうして水無瀬はこれらに目もくれず、食べ物ばっかり買い漁る?
さやか「……ん? なぁに、さやかさんに何か用?」
俺の視線に気付いた水無瀬は、少しおどけて答える。
辰也「いや、お土産何がいいかなぁって思って……」
さやか「それじゃあ、私が選んであげるよ」
水無瀬はそう言うと、商品棚を見渡す。
さやか「この木刀なんかいいかも……」
辰也「待て」
木刀を手に取って真剣な眼差しで見つめるな。
中学生じゃあるまいし。
さやか「じゃあ、これでどぅだっ!」
辰也「『じゃあ』ってなによ、『じゃあ』って」
水無瀬が手にしたシャツには『若さ故の過ちなんぞ認めん』という筆文字のコメントと仮面を被った男が
プリントされている。
辰也「それ、水無瀬にプレゼントしてやるよ」
さやか「えへ〜〜……」
水無瀬は黙ってシャツを棚に戻した。
要らねぇモン他人に勧めんなよ……。
気持ちは良く分かるが。
さやか「あ……」
水無瀬が手に取ったのは、夫婦茶碗。
大きさは少し違うが同じ柄のお茶碗だった。
さやか「夫婦茶碗だ……たっちゃん、夫婦茶碗だよ……」
水無瀬の声色が変わる。
明らかに強い関心を持っている声。
さやか「夫婦茶碗っていいよね。なんか仲良しーって感じがして♪ 私欲しいなぁ〜」
辰也「ちょっと待て、俺のお土産を選んでくれてるんじゃなかったのか?」
さやか「たっちゃんとお揃いのお茶碗……私欲しいなぁ……」
水無瀬は俺を見つめ、甘い声で近寄ってくる。
そう。水無瀬はどうしても欲しいものがあると、こうやっておねだりしてくる。
さやか「欲しいなぁ……」
そして俺は、水無瀬のこういう迫られ方に滅法弱かったりする。
辰也「し、仕方ないヤツだな……買ってやるよ」
俺は水無瀬ご希望の夫婦茶碗を購入。
たはー、貧乏学生の財布には結構キツい出費だ。
さやか「うん♪ わーい、たっちゃんとお揃いのお茶碗だぁー☆」
水無瀬はすごく嬉しそうに目を細め、俺の腕に抱きついてきた。
水無瀬の柔らかな胸の柔らかさ、温もりを腕に感じる。
そして、水無瀬の爽やかな体臭を胸いっぱいに吸い込んだ。

香苗「くぉーら、辰也ぁっ! 何さやかに抱きついてんだっ! 鉄拳制裁っ!!」
辰也「んがあぁっ!」
香苗のヤツ、全力で俺を殴りやがった。
辰也「なんで、俺が殴られんだよっ!? 理不尽じゃないかっ!」
香苗「お前がさやかにいやらしいことするからだっ!」
辰也「なんもしてねーだろっ!」
ったく、言いがかりもいい加減にしてほしいもんだぜ。
香苗「それに、さやかだけにプレゼントするのはズルいよな。あたしにもなんか寄越せ」
寄越せかよ。
辰也「なんでお前なんぞにプレゼントしなくちゃいけないんだよ?」
ゴスッ!
香苗「そうだな、この猫のぬいぐるみなんかがいいな」
辰也「うわっ、似合わねー」
ゴスッ!
香苗「いいからプレゼントしろっ!」
辰也「人に物を頼む態度じゃないな。『辰也様、買って下さいお願いします』と言え」
ガスゥっ! ゴスッ!
香苗「い・う・か・ら・買・え!」
……お強請り(おねだり)と強請り(ゆすり)は同じ漢字を使うのに、やってることは
随分違うなと思った。
辰也「仕方ない……貴様にはジンギスハーンキャラメルを買ってやろう」
香苗「うまいのか、それ?」
香苗は少しだけ嬉しそうな表情を見せる。
辰也「うんにゃ、決しておいしい味ではない。ネタとしても超・微妙」
香苗「辰也のバカーッ!! 鉄拳制裁っ!」

ボゴォオオオッ!!!

辰也「うぎゃあああああぁぁぁあぁっ!!」
さやか「たっちゃああぁぁん……」
水無瀬の声の声を聞きながら、俺の意識はどんどんと薄くなっていった……。




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